順光・逆光・半逆光を同じもみじで撮り比べた 秋の撮影に出かけると、「きれいだと思って撮ったのに、帰ってみたら平凡だった」という経験をする方は少なくないと思います。 その原因のほとんどは、光の方向を意識していないことにあります。 今回は同じもみじの木を被写体にして、順光・逆光・半逆光の三方向から実際に撮り比べた結果をもと…
コンテストの締め切りを終えた翌朝、審査の現場では何が起きているでしょうか。 その時間感覚を正確に想像できている人は、少ないと思います。 規模にもよりますが、応募総数が三千点を超えるコンテストでは、一次審査で一枚に与えられる時間が三秒から五秒程度になることは珍しくありません。 これはプロの写真家や編集者を呼んで行われる審…
ジャズの即興演奏を学ぶ学生が、一時期「コードを弾くな」という指示を受けることがあります。 和音が使えないので、単音のメロディーラインだけで音楽を成立させなければなりません。 最初は途方に暮れますが、この訓練を経た学生は、一音一音の置き方に対する感度が明らかに変わると言われています。 「意図的な剥奪」によって、それまで和…
ドアノーが路地を撮った話から始めよう ロベール・ドアノーは1950年代、パリの街角で撮影した写真について尋ねられると、「どんな光だったか」「人がどこを向いていたか」「路面の石畳がどう続いていたか」を、まるで目の前に写真がないかのように語ったといいます。 写真家としての言語化の精度が、そのまま画面設計の精度でもあったので…
商店街のアーケードの中ほど、午後二時の光が差す惣菜屋の前に、七十代とおぼしき男性が立っていました。 揚げたてのコロッケを袋から出して、そのまま立ち食いしています。 バッグも持たず、帽子を少し傾げて、目を細めて噛んでいます。 あなたはカメラを持っていて、その顔を見た瞬間に、何かが動きました。 「いい顔だな」と思いました。…
今夜、部屋の照明をすべて消してみてください。 窓から入る光だけにしてから、手のひらを顔の横にかざしてみると、頬の骨が浮き出て、目の下に小さな影の谷ができるはずです。 昼間の均一な室内光では気づかなかった、顔の立体がそこにあります。 光は「量」ではなく「方向」が立体を作ります。 これが窓一灯実験の出発点です。 ◎なぜ窓の…
1839年、写真術が公開された翌年のことです。 フランスの画家ポール・ドラローシュは「今日から絵画は死んだ」と言ったと伝えられています。 その言葉の真偽はともかく、当時の人々が写真に感じた衝撃の大きさは記録されています。 しかし面白いのはその後です。 写真家たちは「写真は絵画に勝てるか」という問いを捨て、「写真にしか写…
世界最初の街頭写真に人が写っていない理由 1838年、ルイ・ダゲールがパリのタンプル大通りを撮影した一枚があります。 世界で最初に街頭を写した写真として知られるこの作品に、大通りをゆき交う馬車も歩行者も写っていません。 当時のダゲレオタイプは、十分な露光を得るために数十分から場合によっては一時間近くシャッターを開けたま…
「なんか惜しい」彼岸花写真を量産していた自分が変わった。 彼岸花の季節が終わるたびに、同じことを繰り返していました。 現像フォルダを開くと、似たような角度の赤が100枚以上並んでいます。 そこから3枚を選ぼうとすると、手が止まります。 「どれもピントは来ている。でも、どれも決め手に欠ける」。 その感覚の正体に気づくまで…
「今日は快晴なのに、空の写真がなんか冴えない」と思ったことはありませんか。 空は確かに青い。 雲も出ている。 露出もそこまで外していない。 なのに仕上がりを見ると、空全体がのっぺりと白っぽくて、記憶のあの青さが出ていない。 最初のうちはこれを「曇りがちだったかな」「時間帯が悪かったのかな」で片付けてしまいがちです。 で…
「赤い花を撮っただけ」で終わらせない 彼岸花の写真は、毎年秋になると大量に生産されます。 赤い、鮮やか、群生している。 それ自体は何も悪くないのですが、似た写真が並ぶコンテストの審査台の上では、「赤い花を撮りました」という一文で要約できてしまう作品は、なかなか選ばれません。 彼岸花をほかの誰かの写真と違うものにするため…
なぜ私はそば畑で必ず逆光に立つのか そば畑の撮影を始めた最初の夏、私は順光で撮っていました。 白い花は均一に明るく写り、緑の茎もよく見えました。 ヒストグラムも問題なく、露出も安定していました。 でも、現像したファイルを開くたびに、どこかもの足りない気持ちになりました。 「きれいに撮れた」のに、「それだけだな」と思って…
単焦点85mm vs マクロ100mm vs 望遠200mm 彼岸花の群生地に、同じ日の午後、三本のレンズを持ち込みました。 被写体は同じ、光も同じ、立ち位置もほぼ同じです。 それでも撮れた写真は、三枚とも別の話をしていました。 今回は85mm単焦点、100mmマクロ、200mm望遠(ズームの200mm端)の三本を使い…
被写界深度で彼岸花の物語を撮り分ける 彼岸花を撮りに行くと、必ずといっていいほど同じ迷いが生まれます。 目の前にある一輪の凜とした佇まいを切り取るべきか、それとも田んぼのあぜ道を埋め尽くす赤のうねりを写し込むべきか。 どちらも「彼岸花らしい写真」なのですが、実はこの二つは、絞りの選択という以前に、何を見せたいかがまるで…
実は2の累乗だという話 カメラを買ったばかりのころ、ダイヤルを回しながら首をかしげた記憶はありませんか。 1/30、1/60、1/125、1/250、1/500……。 なんだかキリが悪いというか、妙に中途半端な数字が並んでいますよね。 なぜ1/100や1/200じゃないのか。 なぜ1/125なのか。 気にしないまま数年…
曇天・白熱灯・日陰を同一被写体で撮り比べる ホワイトバランスをオートのままにしている中級者はたくさんいます。 それ自体は何も悪いことではありません。 ただ、オートWBが何をしているのかを一度も確認したことがないまま使い続けるのは、少しもったいないと感じています。 今回は、同じ白い陶器(マットな白釉薬の小鉢)を5つの光源…
朝の河原で「太陽光」固定に切り替えた日、光の変化が初めて見えた ホワイトバランスを「オート」のまま使い続けていた頃、河原で撮った写真はどれも似たような仕上がりになっていました。 日の出前後の1時間は、空の色も水面の色も10分おきに劇的に変わっているはずなのに、カメラがそれを勝手に補正してしまい、結果として「普通の朝の写…
F2.8で溶かすのかF8で残すのか、富士フイルムコンテスト入賞の判断軸 朝市に行ったことがある方なら、あの独特の空気感をご存じでしょう。 早朝の斜光が濡れた野菜の表面で反射し、売り手と買い手の会話がそこかしこで重なり、通路の奥まで続く色とりどりの箱や籠が連なっています。 その場に立ってカメラを構えたとき、最初に決めなけ…
あれ、迷信じゃなくて光学的な理由があった 猫を撮ろうとすると、なぜか絶妙なタイミングで顔を背けられる。 ソファでまるまって気持ちよさそうに寝ているのをそっと狙う、カメラを構える、ピントを合わせる、そのわずかな間に猫はすっと視線をずらし、あるいは立ち上がって部屋の奥へ消えていきます。 もはや呪いじゃないかと思ったことのあ…
「ND4」「ND8」「ND16」「ND64」と書かれた4枚のレシートが、カメラバッグの底から出てきました。 時系列で並べると、まず「暗くなるやつ欲しいな」という動機でND4を買い、使ってみたら全然暗くならなくて「もっと濃いやつ」と思ってND8を買い、それでも晴天の滝がうまく流れなくて「もっと濃いやつ」とND16を買い、…