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TOKYO JPN
Grokによる紹介
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【米独の野心が生んだ“早すぎた”最強戦車、MBT-70(KPz.70)の悲劇】 戦車界の「IF(もしも)」として今なお高い人気を誇る試作主力戦車「MBT-70」。1960年代、冷戦の最中にアメリカと西ドイツが国家の威信をかけ、東側の脅威に対抗すべく共同開発した「夢の超ハイテク戦車」でした。 しかし、その結末はあまりにも残酷な開発中止。ミリマニアを惹きつけてやまない、そのロマンと挫折の歴史を1ポストで解説します。 ▼詰め込みすぎた「僕の考えた最強機能」 ・乗員3人全員を「砲塔内」に配置(操縦手も砲塔の中!) ・主砲からミサイル(シレイラ)を発射可能 ・車高を自由に変えられる油気圧サスペンション ・20mm遠隔操作機関砲を搭載 まさに当時の最先端技術のデパートでした。 ▼プロジェクトを崩壊させた「3つの壁」 ① 規格の壁:米(ヤード・ポンド法)vs 独(メートル法)が互いに譲らず、ネジ1本、設計図1枚の共有すら大苦戦。 ② 技術の壁:砲塔が回っても操縦手が常に前を向く特殊カプセルを搭載した結果、操縦手が激しい乗り物酔い(目眩)を起こす致命的不具合が発生。主砲の自動装填装置もジャム(作動不良)を連発。 ③ 費用の壁:新技術の盛り込みすぎ(フィーチャークリープ)で開発費が爆発。1両あたりのコストが跳ね上がり、両国政府が頭を抱える事態に。 ▼そして伝説へ… 1969年に西ドイツが脱退、1971年にアメリカ議会が予算を打ち切り、計画は完全頓挫。 しかし、この“高すぎる授業料”は無駄になりませんでした。 ここで培われた技術や反省は、のちに西ドイツの「レオパルト2」、アメリカの「M1エイブラムス」という、現代を代表する2大傑作戦車へと受け継がれることになります。 失敗作でありながら、現代戦車の「祖」となったロマンかたまりの1両。ミリタリーファンの皆さんは、この戦車のどのギミックが一番刺さりますか? #ミリタリー #戦車 #軍事史 #MBT70 #KPz70 #世界の試作兵器
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マキシマム ザ おでん retweeted
保護ネコアニメ
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【悲劇の自爆兵器】独ソ戦が生んだ「対戦車犬」の絶望と誤算 第二次世界大戦中、圧倒的なドイツ軍戦車部隊に対抗するため、ソ連軍が実戦投入した恐るべき動物兵器、それが「対戦車犬(地雷犬)」です。 🐾 訓練は「戦車の下には餌がある」 1941年、対戦車火器が致命的に不足していたソ連軍は、犬の優れた機動力に着目。 「戦車の下にもぐり込めば、肉がもらえる」と犬に徹底的に学習させました。 背中にレバー式の起爆装置付き爆弾を背負わせ、敵戦車の死角である「底面」に潜り込ませて一撃で爆破する……という、理論上は完璧(かつ残酷)な作戦でした。 🚨 実戦で露呈した「致命的な誤算」 しかし、この作戦は戦場で凄惨な大失敗を収めることになります。 1.「匂い」の致命的ミス
ソ連軍の訓練機は「ディーゼル燃料」の自軍戦車。しかし、ドイツ軍戦車は「ガソリン燃料」。
戦場で匂いの違いに混乱した犬たちは、嗅ぎ慣れた味方(ソ連軍)の戦車へと突撃してしまい、自陣を大混乱に陥れました。 2.戦場の恐怖
激しい砲火や銃声、ドイツ軍の火炎放射器にパニックを起こした犬たちが、爆弾を背負ったままソ連軍の塹壕へ逃げ帰り、味方を巻き添えにする悲劇が多発。 結果、目覚ましい戦果を上げることはできず、対戦車兵器の増産に伴い1943年には事実上フェードアウトしていきました。 戦争の過酷さと、計画通りにはいかない兵器開発のリアルを物語る、ミリタリー史に残る悲劇のエピソードです。 #ミリタリー雑学 #歴史 #世界史 #WW2 #独ソ戦 #兵器解説
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ワンちゃんが可哀想🥺
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外道な作戦なので大失敗に終わりましたね。
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【英雄/史実】「勲章などいらない、部隊の仲間へくれ」 激戦を素手と手榴弾で無双し、最高勲章を「2度」授与された唯一の戦闘歩兵 イギリス連邦最高の栄誉であり、日本の武功勲章やアメリカのメダル・オブ・オナーに匹敵する「ヴィクトリア十字章(VC)」。この勲章を、医師などの非戦闘員を除き、「前線の戦闘歩兵として歴史上唯一、2回授与(VC&バー)された」ニュージーランド陸軍の伝説の男がいます。彼の名はチャールズ・アプハム。 ◆ クレタ島での最初の無双 1941年5月、激戦のクレタ島の戦い。当時小隊長(少尉)だったアプハムは、猛烈な大気圏降下を見せるドイツ軍の精鋭・降下猟兵(パラシュート部隊)を相手に、狂気とも言える突撃を繰り返しました。 ・重傷を負い、味方が撤退する中で、たった一人で敵の機銃陣地へ忍び寄り手榴弾で壊滅。 ・孤立した味方部隊を救うため、敵の包囲網を強行突破して全員を救出。 この超人的な活躍により最初のヴィクトリア十字章が授与されましたが、本人は「自分を特別扱いするな。部隊全員の功績だ」と受章を本気で嫌がったと言われています。 ◆ 北アフリカでのさらなる伝説と「2度目の勲章」 彼の伝説はここでは終わりません。1942年、エル・アラメインの戦いに大尉として参戦したアプハムは、再び常軌を逸した武功を立てます。 ・迫り来るドイツ軍の戦車に対し、手榴弾を文字通り「手で投げつけて」破壊。 ・腕の骨を叩き折られ、両脚を銃弾で撃ち抜かれながらも、片手で部隊を指揮し続け、自陣を死守。 最終的に意識を失ってドイツ軍の捕虜となりますが、この大活躍により、なんと「2度目のヴィクトリア十字章」の授与が決定したのです。 ◆ ヒトラーをも手を焼かせた「脱走の天才」 捕虜となったアプハムは、大怪我を負っているにもかかわらず、監視の隙を突いて何度も脱走を試みました。 走れないためすぐに捕まるものの、あまりに諦めないため、ドイツ軍は彼を「最重要危険人物」に指定。絶対に脱出不可能と言われた超厳重な「コルディッツ城(オーフラグIV-C)」へと移送されるほどでした。 戦後、無事に生還した彼に対し、ニュージーランド政府は功績を称えて農地を買い与えようとしましたが、アプハムはこれも拒否。 「そのお金は、戦争で傷ついた他の兵士たちの子供の教育資金に使ってくれ」と頼み、自身は一般の羊農家として静かに余生を過ごしました。 大言壮語を嫌い、ただ戦友のために戦い、自らを英雄と呼ばれることを生涯拒み続けた、世界の戦史に刻まれた本物の「最強の歩兵」の物語です。 #ミリタリー雑学 #歴史 #世界史 #WW2 #チャールズ・アプハム #英雄譚
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ポーランド軍第18機械化師団の隊員がフィジカルフィットネスセンターを50秒台で完走する。なかなかハード。
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昨日の夜は試運転へ チェーンオイルはもう少し残した方が良かったんじゃないかなど正解が見えないまま悩んでる感じ
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🏍️カッコいい😎
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紅茶☕️が気になる。
【英国短機関銃の最高傑作】地味に見えて中身は化け物、それがスターリング Mk.4(L2A3)だ! 見た目は戦時急造の「ステン短機関銃」にそっくりな鉄パイプ。しかしその中身は、ステンの「安かろう悪かろう」を極限まで反省・改良した、20世紀後半最高峰のSMGなんです。 ミリタリーファンを唸らせる、狂気のこだわりポイントがこちら👇 ① 泥を自動で吐き出す「螺旋溝ボルト」 ボルト(遊底)の表面に深い螺旋状の溝が彫られています。ボルトが前後に動くたび、内部の砂や火薬カスを削り取って外に排出する「セルフクリーニング機能」を搭載。過酷な戦場でも絶対に止まりません。 ② 給弾不良を過去にした「ローラー内蔵マガジン」 ステンの最大の弱点だったマガジンを完全刷新。34発入りの湾曲マガジンの中に、摩擦を極限まで減らす「2つのローラー」を組み込みました。内部に砂が入ろうが、完璧にスムーズな給弾を実現しています。 ③ 職人技の塊「クリンクル塗装」  レシーバー表面のザラザラした独特のシボ加工。光の反射を抑えるだけでなく、雨や泥、汗に濡れた手でも絶対に滑らせないという、泥臭い実戦主義の塊です。 そして忘れてはならないのが、SF映画史への貢献。 映画『スター・ウォーズ』で帝国軍のストームトルーパーが構える「E-11ブラスター・ライフル」のベースガンこそ、このスターリングMk.4!プロップの型取りではなく、本物の実銃(亜種含む)にパーツを盛って撮影されたため、SFでありながら実銃の持つ独特の重厚感とリアリティが画面から漂っているのです。 1956年の制式採用からフォークランド紛争、SASの特殊作戦までイギリス軍を支え続けた名銃。この「武骨な実用美」こそ、イギリス兵器の真骨頂ではないでしょうか。 #スターリングMk4 #L2A3 #サブマシンガン #ミリタリー解説 #スターウォーズ #E11 #銃器雑学 #軍事
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英国面を強調してますね☕️
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【衝撃/史実】「船に魚雷が突き刺さった、爆発まで数分」特攻機に体当たりされながらも奇跡的に生還した、米駆逐艦「ラフィー」の知られざる死闘 1945年4月16日、沖縄北方の海域。アメリカ海軍の不沈駆逐艦として知られるアレン・M・サムナー級駆逐艦「ラフィー」は、史上類を見ない過酷な戦闘に直面していました。 わずか80分間の間に、日本軍の神風特攻機22機から波状攻撃を受け、そのうち6機が激突、4発の爆弾が直撃するという絶望的な状況に陥ったのです。 ◆ 船体に突き刺さった「不発の航空魚雷」 激しい炎と煙に包まれる中、1機の九七式艦上攻撃機(または九九式艦爆)が、ラフィーの艦尾(後部構造物)に向けて超低空で突入し、そのまま激突しました。 その際、敵機が抱えていた巨大な航空魚雷が、爆発することなくラフィーの船体を貫通し、そのまま突き刺さるという異常事態が発生したのです。 ◆ 触れれば爆発する「動かせない恐怖」 突き刺さった魚雷の信管は、いつ作動してもおかしくない極限状態でした。当時の日本の酸素魚雷(または航空魚雷)は凄まじい破壊力を持っており、艦尾でこれが爆発すれば、舵やスクリューが完全に吹き飛び、ラフィーは一瞬で操舵不能となって沈没へと追い込まれます。 周囲の激しい火災の熱が魚雷に伝われば、その時点で即座に誘爆するという死のカウントダウンが始まりました。 ◆ 斧とロープ、そして決死の「力技」 この最悪のピンチに、ラフィーの損害管制(ダメージコントロール)班の兵士たちが立ち上がりました。彼らは、いつ爆発するか分からない魚雷の目の前に飛び込むと、火災の消火を最優先で行いつつ、手にした斧や工具で魚雷を固定していた敵機の残骸を迅速に叩き切りました。 そして、魚雷に頑丈なロープを巻きつけると、数人の水兵たちが声を合わせてロープを引っ張り、人力の力技で魚雷を船体から引き抜いて海へと突き落としたのです。 ◆ 100%の史実が証明する「沈まない船」 海へ落ちた魚雷はラフィーから離れた場所で沈んでいき、艦の爆発は未然に防がれました。 最終的にラフィーは、大破炎上し、舵が完全に固定されて旋回しかできなくなりながらも、乗組員たちの超人的なダメージコントロールによって最後まで沈没を拒み、無事にアメリカ本土まで帰還を果たしました。 華々しい撃墜記録の裏側で、「船に突き刺さった爆弾を人力で引き抜く」という、人間の底力と執念が奇跡を起こした、米海軍の公式戦闘記録に鮮明に刻まれている知られざる本物の死闘です。 #ミリタリー雑学 #歴史 #世界史 #WW2 #アメリカ海軍 #駆逐艦ラフィー #沖縄戦
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【空飛ぶ重武装】ロシア空挺軍の矛「BMD-4 / BMD-4M」 「空挺部隊=軽装備」という世界の常識を真っ向から全否定する、ロシアの変態技術(褒め言葉)の結晶がこれだ。 ◆ 狂気の開発背景:空から降る『戦車並みの火力』 東西冷戦期からソ連(ロシア)空挺軍(VDV)が追い求めたのは、「航空機からパラシュートで降下でき、着地した瞬間から機動戦を展開できる装甲車」。その究極系がこのBMD-4系列。 重量をわずか13.5トン前後に抑えつつ、なんとアルミ合金製の車体に「100mm低圧砲」と「30mm機関砲」を同軸でブチ込むという、他国なら正気を疑う超重武装を実現。もちろん水陸両用で、着地した瞬間から敵陣をすり潰せるスペックを持つ。  ◆ 実績と冷酷な現実 ウクライナ侵攻初期、キエフ近郊のホストメリ空港奇襲をはじめとする電撃作戦に多数投入。VDVの象徴として最前線を駆けた。 しかし、航空輸送のために限界まで装甲を削った(アルミ製)代償は重く、対戦車ミサイルやドローン、さらには機関砲の直撃で容易に撃破される脆弱性も露呈。火力のロマンと防御力のトレードオフを体現する、まさに「ガラスの矛」として現代戦の教訓を刻み続けている。 ミリマン好みの「スペック尖りすぎ兵器」の筆頭格。この泥まみれで佇む無骨なシルエットがたまらない……。 #ミリタリー #軍事 #AFV #BMD4 #ロシア軍 #装甲車
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輸送機からパラシュート降下した時に、ロケット噴射でスピードを殺して着地させる、という力技!
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カッコいい😎
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1945年(昭和20年)10月、終戦直後の福岡県雁ノ巣(雁の巣飛行場)に集積された日本陸軍・独立戦車第四旅団の戦車群のカラー映像が記録されています。   本土決戦(決号作戦)のために九州防衛の任に就いていた日本軍機甲部隊の「武装解除」の瞬間が捉えられています。 🎥 雁ノ巣の映像に映っている主な戦車 この貴重なカラー記録映像 では、独立戦車第四旅団 や周辺部隊から集められた以下のような旧日本陸軍の戦車・自走砲が鮮明に確認できます。 ・三式中戦車 チヌ(Type 3 Chi-Nu):アメリカ軍のM4シャーマンに対抗すべく開発された、当時の日本軍最新鋭の主力中戦車。 ・三式砲戦車 ホニIII(Type 3 Ho-Ni III):強力な七糎半野砲を固定戦闘室に搭載した、対戦車戦闘用の自走砲。 ・一式中戦車 チヘ(Type 1 Chi-He):九七式中戦車をベースに装甲やエンジンを強化した中戦車。 ・九七式中戦車 新砲塔チハ:長砲身の47mm戦車砲を搭載した、大戦後半の主力戦車。 🛡️ 独立戦車第四旅団について 独立戦車第四旅団は、1945年4月に編成され、福岡県筑紫郡(現在の筑紫野市・久留米市周辺など)を拠点に北九州方面の沿岸防衛・本土決戦に備えていました。 実戦を経験することなく終戦を迎えましたが、当時としては最も新しく強力な三式中戦車などが優先的に配備されていた精鋭部隊でした。 終戦後、これらの戦車群は雁ノ巣飛行場(現在の雁の巣レクリエーションセンター付近)の広大な敷地に集められ、米海兵隊によって調査・記録された後、その多くが破壊・処分(あるいは海中投棄など)されることとなりました。 また、冒頭のアメリカ海兵隊(U.S.M.C.)の従軍カメラマンが撮影を行っていた際に、撮影内容を記録するために使用された「撮影スレート(情報カード)」を解析したところ面白いことがわかりました。 このカードに名前があるアトリー・S・トレーシー伍長(Cpl. A.S. Tracy)は、海兵隊の「映画撮影(モーション・ピクチャー)担当」の従軍カメラマンでした。 実は、トレーシー伍長には非常に有名なエピソードがあります。 硫黄島の戦いで最も有名な「折鉢山(すりばちやま)への星条旗掲揚」の瞬間を、歴史上唯一カラー動画(ムービー)で生々しく捉えたビル・ゲナウスト(Bill Genaust)軍曹という高名なカメラマンがいますが、トレーシー伍長はまさにその現場でゲナウスト軍曹のすぐ隣に並んで撮影を行っていた相棒(撮影クルー)でした。 そのため、このカードに記録されているフィルムは、日米の激戦の様子や緊迫した戦場の空気を現在に伝える、アメリカ国立公文書館(NARA)の極めて重要な歴史的映像資産(USMCフィルムリポジトリ)の一部となっています。 #ww2 #tank #USMC
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マキシマム ザ おでん retweeted
拡散です。赤い羽根から不法滞在クルド人に間接的に金が流れています。皆様の善意が、埼玉県民を苦しめます。#埼玉クルド人問題
埼玉県民の皆さまへ🙇 赤い羽根共同募金は絶対にしないでください🙏 その資金でクルド人にお金が流れます💢
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マキシマム ザ おでん retweeted
メタリカが、ラスベガスのザ・スフィア公演初日に「The Call of Ktulu」を披露した際の映像。巨大なクトゥルフが出現し、観客の頭上から周囲まで巨大スクリーンを埋め尽くす圧巻の光景が繰り広げられた。
HetfieldsCowboyHat
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【英国短機関銃の最高傑作】地味に見えて中身は化け物、それがスターリング Mk.4(L2A3)だ! 見た目は戦時急造の「ステン短機関銃」にそっくりな鉄パイプ。しかしその中身は、ステンの「安かろう悪かろう」を極限まで反省・改良した、20世紀後半最高峰のSMGなんです。 ミリタリーファンを唸らせる、狂気のこだわりポイントがこちら👇 ① 泥を自動で吐き出す「螺旋溝ボルト」 ボルト(遊底)の表面に深い螺旋状の溝が彫られています。ボルトが前後に動くたび、内部の砂や火薬カスを削り取って外に排出する「セルフクリーニング機能」を搭載。過酷な戦場でも絶対に止まりません。 ② 給弾不良を過去にした「ローラー内蔵マガジン」 ステンの最大の弱点だったマガジンを完全刷新。34発入りの湾曲マガジンの中に、摩擦を極限まで減らす「2つのローラー」を組み込みました。内部に砂が入ろうが、完璧にスムーズな給弾を実現しています。 ③ 職人技の塊「クリンクル塗装」  レシーバー表面のザラザラした独特のシボ加工。光の反射を抑えるだけでなく、雨や泥、汗に濡れた手でも絶対に滑らせないという、泥臭い実戦主義の塊です。 そして忘れてはならないのが、SF映画史への貢献。 映画『スター・ウォーズ』で帝国軍のストームトルーパーが構える「E-11ブラスター・ライフル」のベースガンこそ、このスターリングMk.4!プロップの型取りではなく、本物の実銃(亜種含む)にパーツを盛って撮影されたため、SFでありながら実銃の持つ独特の重厚感とリアリティが画面から漂っているのです。 1956年の制式採用からフォークランド紛争、SASの特殊作戦までイギリス軍を支え続けた名銃。この「武骨な実用美」こそ、イギリス兵器の真骨頂ではないでしょうか。 #スターリングMk4 #L2A3 #サブマシンガン #ミリタリー解説 #スターウォーズ #E11 #銃器雑学 #軍事
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4つの銃口が紡ぐ破壊の弾幕!「ミート・チョッパー(肉切り包丁)」と恐れられた最凶の対空マウント「M55 クアッド50」 🥩✂️ ミリタリーファンの皆さん、今回はベトナム戦争のジャングルで“歩兵の守護神”かつ“敵の悪夢”となった狂気の兵器をご紹介します。 🛠️ 開発背景:空を拒む「4連装」の誕生 第二次世界大戦中、急降下爆撃機などの脅威に対抗するため、アメリカのマクソン社が開発したのが「M45クアッドマウント」です。 大口径の.50口径(12.7mm)M2重機関銃を贅沢に4挺も束ねるという力技のシステムでした。これを空挺部隊や軽快な運用ができるよう、軽量な2輪トレーラーに載せたシステムが「M55」です。 💥 戦歴:対空から「対地」の悪魔へ 第二次世界大戦や朝鮮戦争を生き抜いたM55ですが、その真価(と恐怖)が最も発揮されたのがベトナム戦争でした。 ジェット機の時代になり対空兵器としての出番は減ったものの、アメリカ軍はこれをガントラック(装甲トラック)の荷台や、前線基地(ファイヤーベース)の防衛陣地に配備。ゲリラ部隊の奇襲に対する「対地掃射兵器」へと転用したのです。 ☠️ 語り継がれる恐怖のエピソード ・毎分約2,300発の衝撃:4挺から同時に放たれる重機関銃弾は、突撃してくる敵歩兵や、遮蔽物となるジャングルの樹木ごと粉砕しました。 ・異名は「ミート・チョッパー」:その圧倒的な破壊力と、一瞬で敵の部隊を文字通り「切り刻む」様子から、兵士たちに「肉切り包丁」の異名で恐れられました。 ・映画さながらの活躍:ベトナムの泥沼の中、このクアッド50の咆哮だけが、包囲された友軍を全滅の危機から何度も救う最後の砦となったのです。 12.7mm M2という現在も現役の名銃を4倍にして、力こそパワーを体現した漢のロマン兵器。この無骨なシルエットと圧倒的な火力、最高にシビれますよね。 #ミリタリー #世界兵器解説 #M55 #クアッド50 #ベトナム戦争 #重機関銃
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スカイクリーナーと覚えてたけど
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対空より対物対人用途が多かったようです。
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いるいる。対戦車携行ミサイルが登場した時も、攻撃ヘリが現れた時も同じことを言う人物はいた。ドローンは戦術のほんの一つでしかないのに、それで勝てると思っている。
なんだろう戦車の動画あげると「こんな戦車はドローンで簡単に撃破される」とコメントくるなんなんだろう。 ドローンは今後戦場に必要な装備だと思うし、逆に戦車の代替装備もまだ無いから必要だと思う。 むしろ今までの戦術にドローンを組み込んだ新しい運用や戦術が確立していくものだと思っている。 更に言うとドローン登場前から軍隊は基本的に各兵科や装備が互いの短所を補い合いながら長所を生かし合う運用している訳で、そこに新しいドローンという種類の装備が入った話にドローン無敵論を言われても困ると
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おでんさんは、今後 戦車はどのように変化していくとお考えでしょうか? 私は 迎撃用のドローンを戦車自体に搭載するか、それ用の随伴車両を運用するのかなと妄想していますが…
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現在戦車用対ドローンシステムにドローンが組み込まれて試験されています。敵ドローンとパイロットを偵察、攻撃するためです。それらと同時にソフトキル(ジャミング等)システムを併用していくことになると思います。日進月歩の世界ですよね。
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戦闘機に積むサイズの機関砲を4丁だ😵 人に向けるな
4つの銃口が紡ぐ破壊の弾幕!「ミート・チョッパー(肉切り包丁)」と恐れられた最凶の対空マウント「M55 クアッド50」 🥩✂️ ミリタリーファンの皆さん、今回はベトナム戦争のジャングルで“歩兵の守護神”かつ“敵の悪夢”となった狂気の兵器をご紹介します。 🛠️ 開発背景:空を拒む「4連装」の誕生 第二次世界大戦中、急降下爆撃機などの脅威に対抗するため、アメリカのマクソン社が開発したのが「M45クアッドマウント」です。 大口径の.50口径(12.7mm)M2重機関銃を贅沢に4挺も束ねるという力技のシステムでした。これを空挺部隊や軽快な運用ができるよう、軽量な2輪トレーラーに載せたシステムが「M55」です。 💥 戦歴:対空から「対地」の悪魔へ 第二次世界大戦や朝鮮戦争を生き抜いたM55ですが、その真価(と恐怖)が最も発揮されたのがベトナム戦争でした。 ジェット機の時代になり対空兵器としての出番は減ったものの、アメリカ軍はこれをガントラック(装甲トラック)の荷台や、前線基地(ファイヤーベース)の防衛陣地に配備。ゲリラ部隊の奇襲に対する「対地掃射兵器」へと転用したのです。 ☠️ 語り継がれる恐怖のエピソード ・毎分約2,300発の衝撃:4挺から同時に放たれる重機関銃弾は、突撃してくる敵歩兵や、遮蔽物となるジャングルの樹木ごと粉砕しました。 ・異名は「ミート・チョッパー」:その圧倒的な破壊力と、一瞬で敵の部隊を文字通り「切り刻む」様子から、兵士たちに「肉切り包丁」の異名で恐れられました。 ・映画さながらの活躍:ベトナムの泥沼の中、このクアッド50の咆哮だけが、包囲された友軍を全滅の危機から何度も救う最後の砦となったのです。 12.7mm M2という現在も現役の名銃を4倍にして、力こそパワーを体現した漢のロマン兵器。この無骨なシルエットと圧倒的な火力、最高にシビれますよね。 #ミリタリー #世界兵器解説 #M55 #クアッド50 #ベトナム戦争 #重機関銃
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元々M2はただの重機関銃ですww
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【1955年の衝撃】華華しいパリ航空ショーの影でベールを脱いだ“幻の始祖”──すべてはここから始まった! この白黒のニュース映像(Universal-International News)に登場するシャープな無尾翼デルタ翼機。1955年6月の「第21回 パリ航空ショー」特集の目玉として世界に放映されましたが、実はル・ブルジェの会場ではなく、ムラン・ヴィラロッシュ飛行場で1955年6月25日に歴史的初飛行を遂げた瞬間のダッソー「ミステール・デルタ(MD 550)」──のちの「ミラージュI(Mirage I)」の試作1号機です! 当時の映画館で流れたニュース映画は、フランス航空界の「黄金の復活」を告げる大ボリュームの航空ショー特集でした。その中で本機がどのように位置づけられていたのか、ミリタリーファン向けの技術的ディテールと共に解説します。 ◆ 1955年パリ航空ショーの狂気と栄光  この年のル・ブルジェ空港は、歴史的な革新機のオンパレードでした。 ・世界初のリヤエンジン旅客機「カラベル」が優雅に初公開。 ・世界初の量産ガスタービンヘリ「アロエートII」が軽快なデモを披露。 ・そして極めつけは、自力離陸できず大型機の背中に乗せて上空で切り離される、異形のラムジェット実験機「ルデュック021」! 
これら超個性派たちが観客の度肝を抜く中、ユニバーサル・ニュースはショー閉幕直後に初飛行したダッソーの“秘密兵器”を、フランス技術陣の真打ち(クライマックス)として同じ映像パッケージに組み込んで世界へ放映したのです。 ◆ 漢のロマン!「ジェット×ロケット」混合動力 初飛行時は英製ヴァイパー・ジェットエンジン2基(ノンアフターバーナー)のみでしたが、真の姿は「SEPR 66 液体燃料ロケットブースター(推力1,500kg)」を床下に吊り下げる混合動力機。 高高度へ一気に駆け上がり、ソ連の戦略爆撃機をインターセプトするためだけの尖った迎撃機設計でした。 ◆ 名機「ミラージュIII」へのミッシングリンク ミラージュI自体は、機体が小さすぎて重いレーダーやマトラ空対空ミサイルを積むと性能が低下するという弱点に直面します。 しかし、ダッソーはこの失敗を糧に、機体を一回り大型化し、名発動機「アター(Atar)」を単発で搭載した歴史的名機「ミラージュIII」へと見事に昇華させました。 いわば、のちにパリ航空ショーの主役となり世界のデルタ翼の勢力図を塗り替えることにある名門「ミラージュ・ファミリー」の、偉大なる産声を捉えた至高のワンカットです。 現在、この試作1号機の実機は、まさにこのニュースの舞台となったル・ブルジェ航空宇宙博物館に静かに保存されています。 #パリ航空ショー #ミリタリー #航空機史 #Dassault #Mirage1 #AvGeek
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【狂気の精鋭と歴史の記録】ノルマンディーの森を降るカナダ軍捕虜 1944年6月7日、D-Day翌日の激戦地。両手を挙げ、フランスの険しい斜面を降ろされているのは、カナダ軍・北新斯科舍高地人連隊(North Nova Scotia Highlanders)の兵士たちです。 彼らを追い詰めたのは、戦史ファンには「狂気のファナティック部隊」として知られるドイツ軍第12SS装甲師団『ヒトラーユーゲント』。 東部戦線の地獄を生き抜いた屈強な下士官・将校陣が、熱狂的なナチ・ティーンエイジャーたちを率いる、当時の防衛線の最精鋭でした。 ▼ ドイツ側の状況と背景 上陸直後の混乱の中、第12SS装甲師団は連合軍の進撃を阻むため、カーン近郊の村々で必死の反撃を試みていました。  後に悲劇の舞台となるアポロニア修道院(アルデンヌ修道院)に指揮所を置いた[カート・マイヤー](Kurt Meyer)連隊長(後の師団長)のもと、彼らは弾薬の尽きたカナダ軍を包囲・捕獲します。 この映像は、前線に密着していたドイツ軍の戦時報道班(Propandakompanie / PK)が撮影したもの。元々は「連合軍の精鋭を捕らえた」というドイツ国内向けの勝利のプロパガンダ(ニュース映画)として利用されたカットでした。 しかし皮肉にも、これが『ヒトラーユーゲント』師団がこの直後に引き起こす、戦史に刻まれた「アルデンヌ修道院の虐殺事件」直前の姿を捉えた、最も生々しい動かぬ証拠(歴史的記録)となったのです。 カナダ軍の皿型ヘルメットや装備のディテールはもちろん、この後に起きる悲劇の歴史的文脈を含め、1枚のカットから当時の両軍の緊迫感が恐ろしいほど伝わってくる記録映像です。 #ミリタリー #戦史 #WW2 #第二次世界大戦 #ノルマンディーの戦い #WaffenSS #ヒトラーユーゲント
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この何気ない捕虜護送の記録カットは、この直後に前線裏で巻き起こる戦史最大級の悲劇「アルデンヌ修道院の虐殺事件」への序章でした。 ▼ 事件の背景と狂気の精鋭部隊 ジュノ・ビーチ上陸後、内陸のオーティエやビュシーの村々を進撃していたカナダ軍は、狂信的な精鋭として知られるドイツ軍第12SS装甲師団『ヒトラーユーゲント』の猛烈な反撃に遭遇。 弾薬が尽き、激戦の末に包囲された兵士たちが捕虜となりました。 彼らが連行されたのは、12世紀に建てられた古風な石造りの修道院(Abbaye d'Ardenne)。そこは東部戦線帰りの猛将、[カート・マイヤー](Kurt Meyer)SS大佐(第25SS装甲擲弾兵連隊長、後の師団長)が前線指揮所を置いた場所でした。 ▼ 修道院の庭園で起きた凶行 ドイツ軍戦時報道班(PK)によってこの捕虜映像が撮影されたまさにその日(6月7日)の夜、そして翌8日にかけて、修道院に収容されたカナダ軍捕虜のうち計18名(最終的に20名)が、修道院の庭園へと連れ出されました。 彼らはSS兵士によって尋問された直後、抵抗する術もないまま後頭部を撃ち抜かれ、全員が処刑(虐殺)されたのです。 過酷なジュノ・ビーチを生き抜いた若きカナダ兵たちの遺体が修道院の庭から発見されたのは、戦争が終わりかけた1945年の早春のことでした。 戦後、カート・マイヤーはこの事件の責任を問われ、カナダ軍による国際軍事裁判で死刑判決を受けます(後に終身刑へ減刑、1954年釈放)。 ▼ フィルムが持つ重み 「捕虜連行」というプロパガンダ映像として記録された彼らの姿。しかしこれこそが、狂気と憎悪が渦巻いたノルマンディー戦線の裏側、そしてSSによる国際条約無視の戦争犯罪を暴くこととなった、あまりにも生々しい歴史的証拠なのです。 #ミリタリー #戦史 #WW2 #第二次世界大戦 #ノルマンディーの戦い #WaffenSS #ヒトラーユーゲント #戦争犯罪 #歴史
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